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東洋史コース

「済んでしまったこと」を学んで何になるのか?


上:チベットの湖、ナムツォ
下:「満洲帝国」建国十周年記念切手

歴史学とは、「済んでしまったこと」について今さらとやかくいう学問です。世の中には、「そんなことに意味はない。歴史は趣味にしかならない」と言う人がいます。確かに、誰の目にもわかる明白な利益を直接もたらしてくれるものではありませんから、その意味では「歴史なんて学んでも役に立たない」という物言いが現れるのもわからないではありません。
しかし、だからといって「歴史学的な素養がなくても平穏無事に生きていける」と考えるのは見当違いです。私たちは、常に、「次はどこに向かうのか」という切迫した問いを突き付けられています。私たちが拠って立つ《現在》は、様々な出来事が複雑な連鎖反応を起こす過程において無数の可能性のひとつが暫時現実化しただけの代物です。恐ろしいのは、私たちは往々にしてそのことを認識できず、あるいは認識できていても自らの行いが意図した通りの結果を生むと高をくくって、「次」を決定づけるような判断を安易に下してしまうことです。私たちは、歴史学的な見地から人間社会に入り乱れる因果関係のひとつひとつにできる限りの洞察を加え、そのなかから浮かび上がってきた《現在》に対する理解を深め、緊張感をもって「次になすべきこと」を見極めなければなりません。
とはいえ、そのような努力をいくら積み重ねても、結局は終わりなき複雑な連鎖反応のなかで翻弄されることになります。デザインした通りの未来を呼び込むことは、どっちみちできないのです。それならやっぱり歴史を学ぶ意味なんてないと考えるか、それでもなお歴史を学んで、《現在》を意味づけ、「次になすべきこと」を自ら選び取り、その偶発的な結果に対しても責任を負おうとするか――ここにこそ、本当の分岐点があるのだと思います。ウンチクでも懐古趣味でもない、時の流れに対する自らの構えを獲得するための歴史学に、大学で出会ってもらいたいと願っています。

助教[中国近世史]上田 裕之

 

東洋史概説はどんな授業?

四千年とも五千年ともいわれる中国の歴史ですが、それは、「中国」という決まった枠組みのなかで王朝交替が繰り返されるという単調な物語ではなく、ユーラシア大陸の東部を舞台として、さまざまな民族がたがいに影響を与えあい、形を変え、数千年の時間をかけて「中国なるもの」を形づくっていったという、非常にダイナミックな歴史です。東洋史概説では、そのような東洋史を古代から近代にかけて見渡します。

授業科目の一例

  • 東洋史概説
  • 東洋史文献学
  • 東洋史特講
  • 東洋史基礎演習
  • 東洋史演習
  • 東洋史研究

先輩たちの卒業論文

  • 明初朝貢体制の確立
  • 康煕朝における清・朝鮮関係
  • 乾隆6、8年のジューン=ガル部の熬茶使節に対する清朝の反応
  • 清朝嘉慶帝による白蓮教反乱における軍紀粛正

コース担当教員からのメッセージ

教員名研究テーマメッセージ
上田 裕之 中国経済・財政史あれも、これも、みんな《歴史的につくられたもの》に過ぎません。変えるも守るも今を生きる自分たち次第という自由と、その判断を下し続けなければならない責任とを肌で受け止められる人間になるべく、一緒に歴史を学びましょう。

コースの声

卒業生橋本 英樹

東洋史コースでは、いわゆる中国とその周辺地域の歴史について、史料に依拠して研究します。すでに教科書に書いてあることを「史料に依拠して研究」する余地は無いと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。例えば、世界史の教科書で「専ら軍事技術の近代化を目指した」と習う19世紀後半の「洋務運動」ですが、史料によっては議会政治の有用性に気付いた官僚がいたことを示唆しています。長大な歴史と膨大な史料を扱うこのコースでは、一見当たり前に見えるテーマを、史料に基づいてとことん考えるチャンスに出会えます。
東洋史を研究するには、史料を自分で翻訳し解釈しなければなりません。史料を読めるようにするため東洋史コースでは、漢文や満洲語史料の読み方を学ぶ文献学という授業があります。初めは大変かもしれませんが、授業で読み慣れれば、史料の面白さを堪能できます。更に学べば、史料が示す内容を、論文や他の史料と読み比べた上で、研究としてまとめることができます。私も、19世後半の総理衙門が国際法や世論を視野に入れて交渉していたことを、史料に基づいて考察しました。新しい発見は、史料を読解してこそできるのだと実感しています。
史料に依拠して考察する。このようなスタイルを持つ史学では、表面的な理論よりも、理論を支える実態について、より強く関心を持つことができます。当時の人々の生き様を知ろうとする史学では、明快な理論で説明するよりも、ありのままの実態を説明した方が、真に迫るからです。